ピロリ菌除菌後の皮疹―薬疹だけではないもう一つの原因とは?

はじめに

ピロリ菌(Helicobacter pylori)は、胃炎や胃潰瘍、さらには胃がんの原因として知られ、その除菌治療は広く行われています。しかし、除菌後に皮膚に発疹が出現する患者が少なからずおられるのをご存じでしょうか?
一見、抗菌薬による薬疹(薬剤アレルギー)と思われがちなこれらの皮疹の中には、実は「ピロリ菌に対する免疫反応」自体が原因となっている可能性があることが、2018年に発表されたドイツ・日本の研究者らの共同研究で示されました。

今回は、その論文の要点と、ピロリ菌除菌後の皮疹に関する知見を分かりやすくまとめてお伝えします。


論文要約:ピロリ菌除菌後の皮疹に対する新たな理解

この研究は、ピロリ菌除菌療法(抗生物質+プロトンポンプ阻害薬)後に皮膚発疹が生じた15名の患者を対象に、皮疹の原因が薬剤によるものなのか、あるいはピロリ菌に対する免疫反応なのかを解析しました。

結果

  • 薬剤による皮疹ではない患者が多い
    通常、薬疹であれば薬剤リンパ球刺激試験(LTT)で陽性になりますが、15名中13名はこの検査で陰性でした。つまり、薬剤が原因でない可能性が高いということです。

  • ピロリ菌に特異的な免疫反応がみられた
    薬剤LTT陰性でも、ピロリ菌にさらされた免疫細胞(T細胞)からは炎症性サイトカイン(IL-2、IL-4、IL-6、IFN-γ、TNF-α)が上昇。特に除菌終了後3日以上経ってから発疹が出た患者で顕著でした。

  • エクソソーム(細胞外小胞)を介した抗原提示の可能性
    ピロリ菌にさらされた樹状細胞から放出されるエクソソーム内には、ピロリ菌由来のタンパク質が含まれており、それがT細胞の活性化を引き起こすことが実験で確認されました。

  • 薬剤アレルギーとピロリ菌アレルギーは異なる
    T細胞の活性化をCD154発現で測定すると、薬剤では反応しないのにピロリ菌で反応する患者が多く、これにより原因の特定が可能であることが示されました。


ピロリ菌除菌後の皮疹についてのまとめ

1. 「薬疹」とは限らない

これまで、除菌療法後に発疹が出た場合、まず「抗生物質の副作用」と判断されることがほとんどでした。しかし、今回の研究では、約85%の患者が薬剤反応性を示さず、むしろピロリ菌そのものに対する免疫応答が原因であることが分かりました。

2. ピロリ菌の断片が「皮膚反応」を引き起こす?

治療によって死滅したピロリ菌の断片が腸から吸収され、血中の「エクソソーム(EV)」に取り込まれて全身に運ばれることで、免疫系が過剰反応し、皮膚に発疹を起こすというメカニズムが想定されています。これは、腸内細菌と免疫の新たな関係を示す興味深い発見です。

3. 発疹の出現タイミングがヒントに

  • 治療中や直後(2日以内)に発疹が出た場合:薬剤アレルギーの可能性が高い

  • 治療終了から3日以上経って発疹が出た場合:ピロリ菌に対する免疫過剰反応の可能性が高い

このように、発疹が出るタイミングも診断の参考になります。

4. 診断と治療への応用

薬剤内服後に発疹が出た患者には「この薬はもう使えない」と使用を避けるケースが多いです。ピロリ菌除菌治療で使用する抗生剤は日常診療で使用する頻度が高く、そういった薬剤が使用できなくなることは患者さんにとって不利益となるケースも少なくありません。ピロリ菌に対する過敏反応と分かれば、使用した薬剤を避けるころが可能です。さらに、CD154発現検査やLTTを活用することで、正確な原因同定が可能となり、患者への説明と治療戦略の選択肢が広がる可能性が示唆されます。


おわりに:ピロリ菌除菌後の皮疹で悩む患者さんへ

発疹が出ると不安になりますし、医療者側も「薬疹だから」と説明して薬を中止せざるを得ない場面も多くあります。しかし、今回の研究から「必ずしも薬が悪いとは限らない」という新しい視点が得られました。

今後、ピロリ菌に対する過敏反応の検査が普及すれば、患者さんが不要な薬剤制限を受けずに、適切な除菌治療を受けられる時代が来るかもしれません。
除菌後の皮疹でお困りの方は、皮膚科やアレルギー専門医にもご相談されることをおすすめします。


参考文献:
Ito et al., “Potential role of extracellular vesicle–mediated antigen presentation in Helicobacter pylori hypersensitivity during eradication therapy.” J Allergy Clin Immunol. 2018;142(2):672–676.

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